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活動日誌6/4

6月4日は石巻市雄勝(おがつ)町へ物資を配りに行ってきました。

1Ogatsu-Miyagi.jpg
Wikipedia参照

といっても縁の下としては初めて行く地域。

この雄勝町も壊滅的な被害を受け、町が丸ごとなくなったような状況です。

なにひとつ情報を持たず行ったので、というか、個人で避難されている方の情報は
ほとんど行政では把握できていないので、瓦礫の山となった町を車で走りながら、
とにかく目に入った人に声をかけていくことに。

R0010035.jpg


残っている家がないか、どこかに自宅で避難している人はないか・・・。



すると瓦礫の山の中に人がいたので、緊張しながらワンダホーを進め、聞いてみることに。

40代くらいのご夫婦は、

「ここ、実家なんです。」と。

楽しいこと、つらいこと、たくさんの思い出がつまった、
家や町がなくなってしまうということは、経験したことのない者にはわからない、
深い深い喪失感でいっぱいだと思います。
その中から一つでもいいから思い出の品が出てこないか、
さがしておられたようです。

どこかに自宅避難されている方を知らないかと聞いてみると、
2軒だけ残ってそこで避難されているご家族がいると教えてもらいました。
目印がない状況でたどりつくのは容易ではないのですが、
とにかく教えてもらった方向を目指して、車を走らせました。


すると5分も走らないうちに、
再び瓦礫の山の前で佇んでいる70過ぎのご夫婦を発見。

R0010036.jpg


物資を配りたいので、自主避難されている家があったら教えてほしいと声をかけました。


すると奥さんの方が

「これ私の家なの。私たちはもらえないの?」

と涙ぐんで言われました。

R0010056_20110616080338.jpg


話を聞くと、雄勝町で八百屋さんをされていて、
この鉄筋がぐちゃぐちゃになっているのが、
家とお店だったそうです。
家もお店も車も飼っていたワンちゃんもみんなダメだったそうです。

津波が来たときはご主人は配達に出かけていて助かり、
奥さんは家におられたそうです。
奥さんの方は足が悪いのですが、
津波がそこまで迫ってきたときに、ご自宅の眼の前にある山、

R0010049.jpg

(この写真の山ですがけっこう高さがあります。津波が及ばないくらいですから)
を必死で登り、一晩、雪の降る寒い中、一緒に逃げてきた人たちと焚火をして過ごしたそうです。

それから親類宅に避難していたため、支援物資はほとんどもらっていないと言われていました。

6月に入りようやく車を手に入れて、
お得意様に少しだけど野菜を配ることができるようになったと
嬉しそうに話しておられました。

それで急きょ、瓦礫のなかで物資箱を広げ、選んでもらうことに。

ご主人は夏物の衣類と靴を探されていました。
若者向けのハイカットスニーカーを履いておられて、
最初にもらった靴でそれしかもっていないと。
ちょうとサイズの合うサンダルとシューズがありました。
奥さんはご自分の衣料品や小さいお孫さんが2人られるとのことで、
子ども服やおもちゃなどを選ばれていました。

画像 650

画像 666


するとそこに車が1台とまり、高齢のご婦人が2人出てこられました。

お聞きすると、八百屋さんのお得意さんで、
やはり瓦礫になった自宅を乗り合わせて、見に来られたそうです。

八百屋さんとは震災以来の対面で、お互い無事を確認できて喜んでおられました。

このお二人も親類宅避難組で、同様に物資をほとんどもらうことができないと
嘆いておられ、一緒に物資を選んでもらいました。

画像 657

みなさん、とても喜んで選んでくれていました。

R0010039.jpg

「○○ちゃん、これあんたに似合うべ」

「このハンドバック、いいべさ」

R0010041.jpg


すごく楽しそうに選ばれていていました。


そうそう、後からきたご婦人はワンちゃんを1匹つれて来ていました。

R0010046.jpg

震災の時、津波で流された車の中ににいて、助かったそうですが、
1ヶ月くらいは食べることができず、ガリガリにやせたそうです。
よほど怖い思いをしたんでしょうね (´∩`。)
でも今はすっかり食欲も戻り、逆に太ってきているそうですよ。

R0010050.jpg

リードがなく、ラッピング用のひもを使用していました。
持ち合わせがなかったので、後日用意してお渡しすると約束しました。

それからこのわんちゃんの飼い主のご婦人は、
震災以来、一度も布団の上で寝たことがないとおっしゃっていたので、
できればそれも用意して持っていってあげたいと思いました。


八百屋のおじさんは、
震災前に携帯カメラで撮ったご自宅や、
ご自宅前の雄勝湾の写真を嬉しそうにたくさん見せてくれました。

ここ雄勝町は南三陸金華山国定公園に属するリアス式海岸線の絶景、
国定天然記念物の八景島、硯上山万石浦県立自然公園に属する硯上山の眺望と自然…。

そして硯の町としても有名だったそうです。

R0010062.jpg

八百屋さんのお隣が硯屋さんだったそうで、
瓦礫の中に大きな硯がたくさん落ちていました。

ほんとうに素晴らしい町だったようです。
再びその姿を取り戻せるように復興を願っています。


たくさんの物資をお渡しすることができ、
さあそろそろ最初に教えてもらった家を探しに移動しようかと思っていると、
向かいで瓦礫処理をしているおじさんたち3人が近くに寄ってこられました。

瓦礫処理の邪魔になったのかな?と思いつつ、
声をかけると、

「物資をもらえるの?」と。

詳しくお話を聞くと皆さん被災者で、避難所に居るそうですが、
ゴロゴロしていても仕方がないからと、瓦礫処理のアルバイトをしているそうです。

そのうちのお二人はそれぞれ7月、8月にお孫さんが生まれるけど、
新生児用品をそろえることが出来なくて困っていたそうです。

R0010064.jpg


新生児用品もたくさん送ってもらっていたので、
オムツ、ミルク、服などたくさんお渡しできました。

R0010065.jpg

このおじちゃんに他に何か足りていないものはないかとお聞きすると

「わしなー、まだまだがんばりたいんや。これから幸せになりたいんや。」(あれ?関西弁になってる?)

と元気に仰っていました。

合コンですね!検討しておきます(*^m^*)


R0010073.jpg

大きなトラックの前で一緒にパチリ!

このおにいさん?はトラック会社を経営されていたそうですが、
全て流され、社員は全員解雇で、会社も廃業。
でも前向きに頑張っておられます。
近々子猫を飼うと言われていたので、支援していければと思います。


R0010066.jpg

物資をお渡しした被災者の皆さんには
必ず連絡先を書いてもらっています。

縁の下のチカラ持ちは今後も継続してフォローしていきたいと思っています。 


この日は意外な場所でしたが、たった一か所で3時間くらいの滞在となり
積んでいた荷物の2/3は無くなりましたよ。

その後初めに聞いた2軒の家を探し探し、
なんとか辿りつきましたが、
1軒はお留守で(名刺だけ置いてきました)、
もう1軒は特に必要ないとのことでした。

ガソリン残量がかなりヤバい状況の中、
仮設住宅に入られた被災者の方々の状況も知りたいと思い、
2日前に入居がはじまったばかりという、雄勝町水浜の仮設住宅に行ってみました。

ここでは予想通りでしたが、大きな避難所に居られて仮設住宅に入られているので、
物資は十分にもらっているから大丈夫と言われました。



震災から時間がたつごとに、
支援の格差も広がっていることを、再度確認できた一日でした。

そしてまだまだ物資を必要としている被災者の方たちがいることも確認できたので、
これからも支援を続けて行きたいと思います。


縁の下のチカラ持ちを信じて、物資や寄付をして下さる方がたのおかげで、
私たちの活動は成り立っています。

ほんとうに感謝しております。

どうぞこれからも暖かい支援をよろしくお願い致します。







マキ@関西より

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