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布団のお届け第一号

遅くなりましたが、縁の下のチカラ持ちが初めて布団を被災者の方へ
お届けできた時のことを報告させていただきます!

雄勝町で被災され、現在は息子さんの会社兼自宅に避難されている方です。

この方とは6月4日に雄勝町を回っている時に出会いました。(その時の様子はこちら

この時に震災後一度も布団の上で寝たことがないというお話を聞いて、
きっと他にもたくさん同じような方がいるはずと思い、
縁の下のチカラ持ちで布団の支援にチカラを入るきっかけとなった方です。


お届けできたのは6月14日。この日は代表1人での活動でした。

ナビで住所を調べて 近くのショッピングセンターからお電話しました。 
  
すると明るい声で 

「この間はどうもありがとうございました」  

そして布団とリードを持ってきたと伝えるととても嬉しそうに 

「今なら冠水してないから大丈夫 お願いします」 と。

実は息子さんの会社兼自宅も被災され、1階は冠水したそうですが
1階は工場で住まいである2階はとりあえず津波からまぬがれたそうです。
でも地震後に自宅周囲は地盤沈下を起こし、
大潮の時には現在も前の道路が冠水するそうです。

そして 一階が工場になっている お宅へ。

息子さん 犬のトッティーちゃんと一緒にお迎えしてくれました。

1042010501_107a.jpg


震災後リードがなく、ラッピング用のヒモをリード代わりにしていたので、
早速 ハーネス リードをトッティーちゃんへ 


1042010501_183a.jpg

そして、布団をお渡し  
今まで寝ていたソファーも見せてもらいました。

1042010181_28a.jpg

震災後から3カ月もの間安眠できなかったと思います。


1042010181_112a.jpg

さっそく喜んで 布団をベットの上に敷いておられました。 
ベットはつい最近に貰ってきたとの事でした。
 
早速 トッティーちゃんのお散歩に行くとの事なので 

その後は息子さんとお話しさせていただきました。
震災当日の凄まじい内容をお話ししていただいたので、紹介させていただきます。


「息子さんの津波当日の状況」

津波が来るぞ~ と皆が叫んでいるので  
急いで石巻市内方面の高台を目指し車を走らせました。 
途中 橋に差し掛かった所で 津波が来て 
すごい勢いで係留してあったクルーザーなどをのみこんで橋の下まで来ました。 

そして「がしゃん ばきばき」 と大きな音をたてて 
橋げたでクルーザーなどを押しつぶしていきます。 

しかし、渋滞でなかなか進まず かなり 焦ったそうです。  

そして、堤防ギリギリの高さで大きな波がやって来た所で
間一髪で橋を抜けることが出来たそうです。

高台で夕方まで過ごし、住宅1階工場にある預かった機械などが心配になり、
暗い中 胸の高さまで冠水した道路を2~3時間歩いて自宅へ。

停電のため 真っ暗な自宅へ帰ると 物音が・・・ 
 
「だれだぁ」と叫ぶと 「本当にすいません」と。

家の中には親子2組 おばあさん 知り合い(部屋のど真ん中で大の字でいびき中)
が命からがら避難していたそうです。  
おばあさんは津波に流されながらも階段の手すりにつかまり助かりましたが 
ずぶぬれ状態でがたがたと震えていたので

「格好なんか気にせずにこれを着ろ 死ぬぞ」 と作業着を渡すと 
泣きながら 「ありがとうございます」と着ていたそうです。  

そして 家中の布団、毛布、服をみんなに配りました。

次の日は水も引いて(腰くらい) もてる物をもって実家のある雄勝へ向かいました。 
なんとか途中まで車で行けましたが ガレキで進めず 荷物を担いで山ひとつ越えて実家へ。

そして、一段落と落ち着くと 自分の 布団、毛布、服、作業着、食料 を
全て他人へあげてしまった事に気づき・・・  
(津波当時の 作業服と下着 しか残らず)
    
「俺が一番 寒かった」 と  そんなオチでした。  

その上 預かりの機械の弁償が 800万円 だそうです。  

そんな訳で クオカード 1万円分 服を買ってくださいとお渡ししてきました。

あの近辺は救援物資も届かず 随分と治安が悪化したみたいです。

中学生などが流れてきた食べ物を持っていると、数人の大人が取り囲み取り上げたり
略奪や強盗まがいも発生していたみたいです。


話は変わりますが 大の字でいびきをかいて寝ていた知り合いの方の話も
凄まじい内容だったので、ご紹介させていただきますね。

知り合いの方(魚の加工所の社長さん) は 津波が押し寄せる中 
建物の階段の所で 避難誘導していたそうです。

そこへ 水槽に入ったカメを持ったおばあさんが・・・

知り合い  「カメは泳げんだから なげろー」 と叫ぶと

おばあさん  「カメだけはなげらんねー」 と

しかし おばあさんのすぐ後ろに津波が・・・

知り合いは間一髪でおばあさんとカメを2階へ 上げました。  
しかし、本人はそのまま流されてしまったそうです。  

最初はもがいたそうですが、津波の中では上下がわからず 
「もう死ぬ」と諦めて力を抜いた瞬間に浮き上がり 橋のフェンスにひっかかりました。  

そこでも流れてくる人を 5~6人 片手でフェンスにつかまった状態で 
近くの高いところへ 上げてやったそうです。

最後の一人と 手を伸ばしたところで また、流されてしまいました

ふと 気づくと家の屋根が流れて来て その上に登って 
一晩を過ごして 助かったとの事でした。  
(なので 大の字でいびきです)

知り合いの名言  「次、津波来たら 一番に逃げる 誰も助けねぇ」  だそうです (^m^ )。




やはり当時の状況を直接被災者の方からお聞きすると、
生き残った方は奇跡的ですよね。

でも津波が目の前まで襲ってくる恐怖と、目の前にいる人を助けられない辛さは、
体験した人にしかわからないと思います。

こういう体験談は語り次いで次の世代に残していかないといけないですよね。

そして被災者の方々は未だ、先の見えない不安と戦っておられます。

少しでもチカラになりたいです。


これからも暖かい支援をよろしくお願いいたします!





代筆 マキ@関西

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